昭和を顧みる懐かしい“中学編”と“高校編”のベスト版CDを作ったら、 夢も希望もなくなるような真っ暗なのばっかになった@根は暗い杉山です。
ちなみに、最初にアタマに浮かんだ画は、山崎ハコと中島みゆきが並んで、 バックにちあきなおみの『喝采』が流れていました。明るくはありません。
で、中学のときの思い出の曲は、給食時間に流れていたものばっかでした。
さぁ、そんな15、16、17と私の人生暗かったってハナシはバシッと やめて、今日もサラ~ッとお読みください。
■こんな私は、よくお客さんに「蛙の願立て」とモーレツに言います。
人間のように立って歩きたいと思った蛙が、清水寺にこもって祈り、 そして歩けるようになったものの、目は元のまま後を向いてるんで、
■進む方向が分からず、そのまんま干からびて死んでしまう寓話です。
悲しいお話です。で、この寓話は、ボーッと先の見通しを持たない そんなずさんな考えや計画のために失敗をするってことの例えです。
■でも、こんな私の解釈は、ちょっと違います。
蛙は、蛙なんです。徹底的に両生類なんです。 立って歩こうとすること自体が無理なんです。
■で、このことから言えるのは、この4つです。
無駄な努力はしない。無益な計画は立てない。 無謀な夢は持たない。無理な行動などしない。
■世の中、決してキレイごとだけでは生きて行けません。
だから、頑張りましょう!って定番が大嫌いなんです。 頑張ったら、蛙の目が前を向くんだったら別なんです。
■そう、ほぼ100%の確率で、
頑張りましょう!に心はない。 だから、究極の社交辞令です。で、
■先の見えない人々が向こう見ずなことをする
そんな例えを“蛙の行列”。目先のきかない そんな例えを“蛙の頬冠り”って言うんです。
■そう、どの道にしたって蛙は可哀想なんです。
立って歩かず、行列を作らず、目は覆わない。 そんな蛙だけ、最終的には生き残れるんです。
■だから、三匹のカエルにはならないことです。
他人を羨む、他人にへつらう、他人を真似る。だから、決して 背伸びをしなくていいんです。フツーのカエルは跳べるんです。
┃編┃集┃後┃記┃───────────────────
では、ココで一句。 勉強は 大きな栗の 木の下で
では、また明日、お会いできることを楽しみにしております。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━