私の知り合いに、誰にでも愛想のいい社長がいる。 と同時に誰からも愛されていないようにも見える。
まんべんなく安い愛想を周囲に振りまくために、 誰からも均等に好かれてはいるが、今一つ信用されてはいない。
当然、会社の業績もそれに呼応するように今一つで、 打つ手、打つ手が中途半端でパッとしない。
一方、ちょっとクセがあって鬱陶しく感じられる社長がいるが、 会社の業績は気味が悪いほどいい。
打つ手もなかなかのもので当然、彼を憎む連中も多い。 しかし、その反面、結構な数の仲間がいることも事実。
要は、誰からも好かれているようではダメだということ。
好かれる=いい人では、会社を営む上でも 1人の人間として生きていく上でも無味乾燥で空虚なものとなる。
当然、我が身の回りから去って行く者も多いと思う。
あなたの前には10人がいる。その内の5人があなたのことを憎んでいる。 しかし、残りの5人はあなたのことを心から愛している。
これが、会社を営む上でも1人の人間として生きていく上でも 大切な「選別」だ。
自分のことを憎んでくれる奴が1人もいないということは、 愛してくれる仲間も1人もいないというのとまったく同じこと。
安易に「好きです」と口にする相手は、 いつか「じゃあね」と必ず去って行く。
いかに自分のことを心の底から憎んでくれる奴を増やすか。それが肝心で、 その数の分だけ自分のことを心の底から愛してくれる仲間も増えると思う。
┃一┃筆┃後┃記┃───────────────────
例えば、それは人間だけに限らず、店に並ぶ商品でも同じことが言える。
まんべんなく大衆にウケる商品は、基本的に売れない。
仮に売れたとしても、それは一過性の出来事であって、 間違いなく長続きはしない。
「こんなもの一体、誰が買うの?」と人差し指を指される商品こそが、 「やっと見つけた!」と重箱の隅で暮らす一部のマニアから評価を受ける。
5人の仲間を作るためには、 残りの5人から憎まれるようにすればいい。
いい人ぶって10人から好かれようとするために、 振り向いたら誰もいなくなったという状態に陥ってしまう。
少なくとも自分に関わる人間の半分は、燃えないゴミとまったく同じで、 その数の分だけ光り輝くダイヤモンドの原石があると思って間違いない。
では、また明日、お会いできることを楽しみにしております。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━