砂漠に水

...Drop by drop shifts the desert to oasis.

非常識人間になる資格

私の主義の一つに「頭を下げてまで客やお金など要らんが、頭を下げて済むことならいくらでも下げる」というのがある。だが、これを理解できる者は佐渡島のトキより少ない。例えば、一昔前に神田昌典氏の「非常識な発想」がブームを巻き起こしたことは記憶に新しい。常識にとらわえない自由な発想とでも言おうか。その際に猫も杓子も「非常識」を目指してトンチンカンなことばっか考えていたよね。なぜトンチンカンだったのだろうか?あのね、非常識どーのこーのと言う前にまずは常識を知っていないと非常識がどーいうものなのかわかりっこないじゃん。常識も知らないでいきなり「非常識、非常識」と飢えた野獣の如く奇策を考えている連中が多かったのは滑稽だった。昼間の明るさを知らない奴に夜の闇を理解できるはずもない。1+1=2がわからない奴に5×5が解けるわけがない。要は、奇策は常識(基本)の中にしかないということだ。冒頭の一文は、陳腐な非常識に流されないための私の中の常識(基本)の尺度だ。