砂漠に水

...Drop by drop shifts the desert to oasis.

幸せの定義 ~out of pain(痛みの向こう側)

昨日は「お金で欲しいものを手に入れても本当に幸せかどうか分からない」っぽいことを書いたので今回は「幸せの定義」について僕のマスターベイティブな見解をお話しよう。昔のことだが、ある会社が倒産した際に「社員に給料を払えない自分が情けなくて辛い」と泣いたT社長がいた。ウソをつけ。本当は「T社長が給料を払ってくれない」と社員が誰かに言うんじゃないかと心配で夜も眠れないから辛いんだ。転んで膝を擦りむいたから痛いのではなく、転んだ姿を誰かに見られたから痛いんだよ。このように「幸せ」自体は存在せずに「痛くないことが幸せ」だと僕は本気で信じている。これを「out of pain(痛みの向こう側)」と僕だけはそー呼んでいる。だが、「違うわ!幸せは誰にでも平等に訪れるものよ」と根拠のない理想に燃える気持ち悪い連中も多いことだろう。じゃあさ、一休さんのとんちじゃないけど僕の百握りの手のひらの上に「幸せ」を置いて見せてよ。さぁ早く。できっこねぇだろ、この野郎。