砂漠に水

...Drop by drop shifts the desert to oasis.

間違った親目線

うん、今夜は機嫌が偏差値75レベルでとっても絶好調。だからと言って、馴れ馴れしい口を利くんじゃねぇぞ、この野郎。そこでだ、今回は「間違った親目線」について語ろう。多くの社長が「○○君は僕が育てたんだ」と言うよね。また、そこらの親どもは「うちの子は私が育てたから立派な人間になった」と微笑む。はいはい、まったく無能な社長と親たちだね。あなたが「育てた」んじゃなくてその人なりに「育った」んだよね。これを受け入れられる社長や親だけが立派な指導者だと私は思う。ちなみに、よく「立ち上げる」という言葉を使う奴がいるが、これは自動詞と他動詞を結合した意味不明の造語であり、このような日本語は存在しない。正確には「立ち上がる」だ。文法上でも明らかなように、社長であろうが親であろうが誰も君を「立ち上げる」ことはできない。誰かが君に向かって「立て!」と命令してもそれを受け入れて立つのか、または拒むのかは君次第だ。社員でも子どもでも「立ち上がる」ことしかできない。