砂漠に水

...Drop by drop shifts the desert to oasis.

西郷隆盛の史跡巡りと島津家の仙巌園(鹿児島県鹿児島市)最終日

午前4時58分。5時から入浴できる3階の露天風呂へと向かった。左手に見えるはずの桜島は、あいにくの靄(もや)で薄っすらとしか確認できなかった。

露天風呂

泉質が塩泉だったため、部屋へ戻るとシャワーで髪と体を丁寧に洗い流した。

寝起き

朝のメールチェック。思ったとおり、大した用事もなかった。

仕事中

午前7時。まだ早いのか朝食会場はまばらだった。私は4時から起きていた。

朝食の光景

洋食にした。グアバジュースが必要以上に美味しかった。

朝食

ホテルをチェックアウトした。荷物だけはそのまま預け、史跡巡りに出掛けた。これは、石仏十三体。数匹の猫と戯れている奇妙な男がいた。

石仏十三体

歩いて3分後の西郷隆盛洞窟資料館。向かって左側が入り口で右側が出口。

せごどん

すぐ隣には西郷隆盛洞窟。西郷隆盛は最後の5日間をこの洞窟で過ごした。

西郷隆盛洞窟

西郷隆盛が最も好んで使用した言葉「敬天愛人(天を敬い、人を愛す)」という4文字が刻まれているJR日豊本線の城山トンネル。

敬天愛人

腰に銃弾を受け、動けなくなった西郷隆盛は「晋どん、もうここらでよか」と言い別府晋介の介錯で自刃。わずか49歳で生涯を閉じた終焉の地がここだった。

西郷隆盛終焉の地

薩摩藩士たちを指導統率するために創設された私学校の跡。

私学校跡

その私学校の石垣には、西南戦争で政府軍が浴びせた銃砲弾の弾痕が今も鮮明に残っていた。まるで『俺たちに明日はない』のラストシーンのようだった。

西南戦争の銃弾跡

岐阜県大垣市と姉妹都市の鹿児島市。それは、この薩摩義士との縁だった。

薩摩義士碑

悲しい歴史の上に木曽川の安全があると思うと感謝の気持ちで一杯だった。

薩摩義士碑

島津家が築いた鶴丸城。今では城壁や濠、石橋だけが残っている。

鶴丸城跡

西郷隆盛の銅像。この前で地元の小学生に道を尋ねられた。速攻で答えた。

西郷隆盛像

遊歩道を登って城山展望台に到着した。腹が立つほど汗だくになった。

城山展望台

いい眺めではあったが、相変わらずの靄のため桜島がかすんで見えた。

桜島

預けていた荷物を取りに城山観光ホテルへ戻った。

城山観光ホテル

すべての毛穴から汗が噴出していた。すでにチェックアウトを済ませていたが、女性スタッフにそれとなく言うと「是非どうぞ!」と笑顔で温泉を勧めてくれた。

城山観光ホテルのロビー

九州新幹線の発着点となるJR鹿児島中央駅のバスターミナルまで行った。

鹿児島中央駅

市営バスに乗り、かごしま水族館前で降りた。一律180円だった。

味心

桜島フェリー乗り場の中にある味心という店で黒豚カツ丼(950円)を食べた。わらじのように巨大なとんかつだったが、なんとか無事に完食できた。

黒豚カツ丼

小指1本で吐けるくらい満腹になったので、目的のかごしま水族館へ行った。その続きは、水族列伝No.006を。

かごしま水族館

水族館を堪能した後、タクシーで仙巌園へと向かった。「西郷先生」を連発するタクシーの運転手だった。それはそれで楽しく話を聞くことができた。

仙巌園

島津家の別邸として使用された御殿の入り口。

御殿

1500円も払ってガイドコースに参加した。なかなか趣のある別邸だったが、屋内の撮影がNGだったのが少し残念だった。

御殿

御殿の庭から眺めた桜島と錦江湾。このような風景を見ると固定資産税という世俗にまみれた文字が頭の中をよぎってしまうのは私が平民だからだろうか。

御殿からの桜島

その背景となる山側の風景。鬱蒼とした緑が南国を思わせた。

御殿の背景

中庭の金魚池。私だったら数匹の大ナマズを飼いたい。

中庭の金魚池

1500円のその中には、お茶とお菓子の料金も含まれていた。

竹徑亭

普通に美味しくはあったが、個人的には生ビールと枝豆がより望ましかった。

お茶とお菓子

仙巌園を後にし、カゴシマシティビューの巡回バスでJR鹿児島中央駅へと。

カゴシマシティビューバス

そこから空港バスで鹿児島空港へ向かった。その後、展望レストランで休息。

生ビールとソーセージ

19:35のJAL便でセントレアへ飛んだ。ありがたいことにこの2日間、一滴の雨も降らなかった。直行便がなくなると辛いが、機会があればまた訪れたい。

鹿児島空港