私は、生命保険には必要最低限の掛け金しか払っていないし、 当然、それ以上の期待もしていない。
年金も同様で、それだけでは食っていけないことは承知している。
その分、娘たちには「親の面倒をみろ」と常日頃から言ってある。
親には子どもを扶養する義務があるが、 子どもには親を介護する義務がある。
オギャーと生まれてから成人するその日までに、 何千万円も投資する訳だから、至極当然のことだと思う。
私の目には娘たちの姿が「年金と保険」に映る。
そこで、それを会社で考えてみる。
今、不景気というだれの目にも見えない世間に漂う幻のため、 派遣社員は当然のこと正社員までも簡単に首を切られている。
では、どうしてそんなに簡単に首を切られるのか。 また、なぜ社長はせっかく採用した大切な社員の首を切るのか。
答えは簡単。社員を「年金と保険」と思っていないからだ。
将来に渡り、社員に食わせてもらうという発想が社長にないために、 住宅ローンで苦しむ目の前の社員の首を平気で切ることができる。
会社の本当のリスクマネジメントは、 社員を「年金と保険」化することだ。
ところが逆に、どの会社も社員の社会保険料を支払うことに終始している。
だから、最後には社員の首を切って、 売上げと利益の帳尻を合わせようと励む会社が溢れ出す。
子どもを育てるのに20年の月日が掛かる。 それと同じように社員を育てるのに最低でも3年以上は掛かる。
それほど長い年月と多額の投資を掛ける訳だから、 ちょっとやそっとの景気の波で縁を切ることはかえってマイナスとなる。
そして、今の社長に欠けている決定的なポイントは、 社員たちに食わせてもらうという発想がないことだ。
この発想があれば、採用面接もかなり真剣に取り組むことだろうと思う。
それはまるで将来の伴侶を探すようなものだから。
ところが、それが微塵もない。それどころか、社員を食わせてやっている、 面倒を見てやっていると勘違いをしている愚かな社長連中がほとんどだ。
巷では、バブルがはじけようとリーマン・ブラザーズが潰れようと 過剰なほどの犬猫畜生&魚類のペット熱は一向に冷めやらない。
親は将来、自分1人だと寂しいから子どもを生み、可愛いから育てる。 社長は、さも手足のように自分の思い通りに操りたいから社員を雇う。
つまりペットだ。
餌を与え、笑顔で語り掛ける。飼育で癒される時間も大切だとは思うが、 それらに食わせてもらうという発想はもっと大切だと今さらに確信する。
┃一┃筆┃後┃記┃───────────────────
つい先日、下の娘が「どうして私は生まれてきたの?」と言ったので、 間、髪を容れず「親を面倒見るため」と言い切った。
子どもの存在意義は、それしかあり得ない。
社員の存在意義もそれとまったく同じで、 会社(社長)の面倒を将来に渡って見るために他ならない。
なのに、肝心の社長本人がそれをまったく分かっていない。
それどころか、ペットを飼育するために高い容器を揃え、 有名ブランドのペットフードを毎日のように与えている。
それを本末転倒、単なる浪費と言う。
社員は、言いなりの奴隷でも、お犬様&お猫様のペットでもない。 将来に渡って自分を食わせてくれる「年金と保険」に他ならない。
では、また明日、お会いできることを楽しみにしております。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━